医療の高度化により医師の専門化・分業化が進む一方、疾病構造の変化で複雑な症例も増えています。最新の研究では、各臓器は互いに情報交換をしながら機能を維持していることが分かり、臓器をまたいだ診断が重要性を増しています。
こうしたことから注目されているのが、総合診療医というキャリアです。
まず総合診療医に求められる技能について見ていきます。社会の高齢化で、複数の疾病を合併している患者が増加しています。その一方で医師の分業化が進み、医師が専門とする臓器の知識だけで対応すると、重篤な疾患を見逃してしまうことも起こり得ます。
地方や離島などの過疎地では、病院に各診療科の専門医を揃えることが難しく、また、揃えたところで限られた人員で24時間対応することは不可能です。しかし最前線の医師は、地域医療、救急医療の現場であらゆる事態に対峙していかなければなりません。こうした事態に対応するため誕生したのが、総合診療医です。
総合診療医は各臓器の役割や特性を知り、臓器別でない診療を行い、患者の症状や原因を特定の臓器・疾患に細分化するのではなく、あらゆる可能性と関連付けて、細分化した診療領域をいわば総合化する役割が期待されています。
それぞれの臓器や症状の関連を把握しつつ、全人的に対応していくスペシャリストとして、専門医にも負けないほどの深い知識を広く持つことが求められます。こうした総合力を身につけるため、臨床現場でキャリアを豊富に積み、身につけた技能を学術的に評価された医師が、総合診療医なのです。
総合診療医にとって、診療の対象は患者本人だけではありません。というのも、病気の原因は生物学や医学だけでなく、患者の健康観や家族、地域社会、文化環境などとも複雑に絡んでいるからです。
特に近年、社会や人間関係が複雑化し、病因の特定が困難なケースが増えてきました。患者本人に加えてその家族、勤務先や周囲の人間関係なども考慮に入れ、身体と心の両面から病気の原因を探る多角的なアプローチが求められています。
さらに、複数の慢性疾患を抱えた高齢患者は、複雑で入り組んだ症状を訴えることがあり、今後増えていくこうした患者に対して、適切な臨床推論を基にした診断・治療を施すことが必要です。
患者の話に注意深く耳を傾けて信頼関係を構築し、その日常生活を掘り下げながら病気の原因を特定するため、医療に関するキャリアだけでなく高度なコミュニケーション能力も大切です。加えて、患者や家族、関係する人も巻き込みながら、治療や予防、健康増進なども含めた包括的なアプローチを実践しなければなりません。
つまり、患者のみならず周囲の人も含めてケアを行う、良きパートナーとして全人的医療を目指す役割が求められているのです。
総合診療医の守備範囲は、患者とその家族、関係する人だけに留まりません。
慢性疾患の増加により在宅医療が増え、地域包括ケアシステムが進展してくると、病気と共存しつつ地域の一員として生活する患者が増えてきます。そうなると、医療だけでなく介護や福祉といった分野と協働する機会が増え、住民の医療へのニーズを汲み上げつつ地域社会に反映していくことも、大きな使命の一つになります。
つまり、医療機関同士、保健や福祉、介護などと横断的に連携し、医療のプロフェッショナルとしてリーダーシップを発揮することが期待されるのです。
こうした役割をになうためには、日々の診療をこなしつつ、学術利用にも耐えうるような過不足のない診療記録を残して、協働する人々と共有していく必要があります。地域に最善の医療やケアを提供する、リーダーでありマルチプレーヤーであるために、常に学ぶ姿勢を保ちながら、高い倫理観を持ち、説明責任を果たす姿勢が不可欠です。
さらに、薬物や廃棄物、放射線から個人情報に至るまで安全管理を徹底する、きめ細やかな目配りも欠かせません。
高度化・専門化する医療において、総合的な観点から各診療科の橋渡しができるのが総合診療医として働くメリットです。 医療技術に関するキャリアだけでなく、患者とその家族、地域での人間関係も含めて、病気の原因を突きとめケアをしていく視野の広さやコミュニケーション能力が求められます。
総合診療医は、介護や福祉を含めて地域社会全体に貢献する、全人的医療の指揮者でありマルチプレーヤーなのです。