AIが人間の能力を超え、加速度的に進化するシンギュラリティが近いといわれています。AIの医療への応用も進み、医療の未来は大きく変化することが予想されます。
今回はAIが医療に与えるインパクトと、それに対応するために必要な知識やスキルを見ていきます。
ハーバード大学医学大学院のジアド・オバーメイヤー教授とトーマス・リー博士は、2017年9月28日にAI活用による医療の未来に関する論文を発表しました。
合併症の増加で診断が複雑化するとともに人間は聴診器や心電図、レントゲンなど様々な機器を開発することで診断の精度を上げてきました。しかし、人間の視覚や聴覚ではデータの微細な変化や揺らぎを読み取れない場合があり、誤診も生じてしまいます。
その結果、誤診を避けるために過剰な検査や医療の増加という皮肉な事態が生じています。こうした事態を防ぐにはAIの活用が有効であると論文は述べています。
確かに、AIを利用すれば迅速かつ正確にデータを読み取ることができます。画像診断を例にとると一人の専門医が処理できる量には限りがある上、見落としも生じます。しかしIBMのAI「Watson」などを活用すれば見落としが減り、24時間いつでも同じ精度で診断が可能です。
東京大学医科学研究所では、次世代シークエンサーや「Watson」をがんの個別化ゲノム医療に活用し、検体の解析や変異遺伝子候補の暴き出し標的遺伝子の特定と薬剤候補の提示をするといった一連のプロセスを行っています。
自治医科大学の運用するAI「ホワイト・ジャック」は予診・問診データと次世代地域医療データバンクなどの情報を組み合わせて疾患確率を計算し、確率の高い疾患と見逃してはならない疾患をリストアップして医師の診断を助けます。
様々な面での活躍が増えているAIですが、AIも万能ではありません。AIが得意なことは、短時間に画像や検査など大量のデータを読み取り、正しい判定を行うこと。あるいは人間医師が行った診断の誤りを学習し、陥りやすい間違いを防ぐといったことです。
一方人間が得意なことは、創造性の高い業務、人とのコミュニケーション、複数の要素を組み合わせた総合的判断などです。臨床診断においては、患者の症状や兆候、検査データなどを総合的に勘案します。
しかし、患者の訴えはときに複雑で、どの訴えが大事なものか優先度を的確に判断しなければなりません。さらに、患者の顔色や声の調子、しゃべり方や反応など言語以外の情報も診断には欠かせません。
患者の話を聞くことは医師への信頼感を醸成し、患者の境遇をよく理解することでその意思を尊重し患者に合った治療法を提案することができます。こういった複雑な情報の読み取りや整理・選択、総合的な判断は人間ならではのものです。
医療の未来は、AIと人間がそれぞれの強みを生かして共同作業で切り拓くものですが、総合的な最終判断は人間医師が責任を持って行うことになります。
オバーメイヤー教授とリー博士は先の論文で、AIとの共同作業を行うにはAIの強みと弱みを知り、自在に使いこなす能力が必要といいます。医療向けAIは開発途上にあり、改良を加えるためには臨床経験豊富な医師の力が必要なのです。
これまでの医学教育は、こうした知識とスキルに十分対応しておらず今後はデータサイエンスやコンピュータサイエンス、統計学などの学問を深めることが不可欠だとしています。さらに論文は、医学教育は異なる学問を取り入れて進化してきた歴史があると指摘します。
例えば遺伝子学や細胞生物学などは以前は異なる学問領域でしたが、今や医学のコアな研究領域となり、それなしでは新しい診断・治療法も新薬の創造もできないほど重要な位置を占めています。
データサイエンスの活用も始まっています。例えば、患者の血糖値や脈拍などをモニターして再発を予防する「見守り」や、血液や健診データ、遺伝子解析などから罹りやすい疾患を予測する「予測医学」などがあります。
教育現場では、大阪大学が2017年4月から医学部に「疾患データサイエンス学」を設け、ビッグデータをマイニングして価値を創造するための技術教育を始めています。
AIは人間医師の能力を補完・強化するものです。医療の未来は医師が医療用AIの開発や改良に参加し、効果的に臨床に活用することで大きく発展していきます。
医学知識に加えて、データサイエンスやコンピュータサイエンス、統計学などの知識と、コミュニケーションや行動科学といったAIには真似のできないスキルがますます重要になっていくでしょう。