脳しんとうを繰り返すと、脳の認知機能が低下する危険があります。ボクシング、アメリカンフットボール、ラグビー、柔道、剣道などのコンタクトスポーツ、スキーやスノーボードなど速度の出るスポーツは、脳しんとうを頻発する可能性があります。
選手生命だけでなく人生をも左右する脳しんとうを、VRやアプリを使って正確に判定する新たな試みをご紹介します。
米国では、年間380万件のスポーツによる脳しんとう事故が発生すると推定されています。脳しんとうは、身体に直接・間接に力が加わることで生じる、軽度の外傷性脳損傷で、繰り返すと重度化します。脳しんとうの発生確率の高いスポーツでは、急性硬膜下血腫の発生も高いことが分かっています。
2014年、スケートの羽生結弦選手が練習中に転倒し頭部を強打。脳しんとうを疑われたものの、その後の競技に強行出場し、選手の安全管理の問題が指摘されました。
アメフトは脳しんとうを起こしやすいスポーツの一つですが、2014年5月14日米国医師会雑誌JAMAに、大学でのアメフト競技経験と脳しんとうの影響に関する論文が掲載されました。
それによりますと、脳しんとうを起こした経験のあるアメフト選手は海馬体積が減少している傾向があり、さらに競技経験が長い選手ほど認知反応の遅れがみられるとしています。米国ではアメフト競技中の頭部などの外傷環境を調査し脳しんとうなどの予防に着手しており、死亡事故や重大事を減少させた実績があります。
脳しんとうの予防には、ヘルメットやマウスピースの使用が効果的ですが、完全に防ぐことはできません。したがって、脳しんとうが疑われる事態が発生したときは、的確に判定し医師に委ねることが大切です。
従来の脳しんとう(脳損傷)チェック法は、医師やトレーナーなど相応の知識を持った人が行うことが中心でした。財団法人・日本ラグビーフットボール協会では、脳しんとうあるいは脳しんとうの疑いのあるときの取り扱いを次のように定めています。
まず、頭部、顔面、頚部などへの衝撃の後で、意識消失や嘔吐、ぼんやりしている、反応が遅い、感情の変化などの所見が見られるかを確認します。続いて競技が続けられないほどの頭痛、ふらつき、自分のチーム名や日付が分からないなどの症状の有無を確認します。
さらにバランステストを行い、ふらつきがないか、姿勢が維持できるかなどをチェックします。 チェックは医師もしくは日本体育協会公認アスレティックトレーナーなどの有資格者が行いますが、そうした人がその場にいない場合は審判が行います。
公式試合や競技会であれば医師や知識を持ったトレーナーが待機し、いざというときに対応できると思われます。しかし中学や高校・大学などでの授業や部活の練習中では、そうした人材がその場にいないケースがほとんどで即座に的確な対応が難しいのが実情です。
そこで、今注目されているのがVRやアプリを使った判定方法です。いくつか例を挙げていきましょう。
EYE-SYNCは、スタンフォード大学スポーツ医学部門で開発された脳しんとう判定手順をもとに、米SyncThink社が開発したアプリです。あらかじめタブレット端末にアプリをインストールしておき、脳しんとうの疑いのある人にVRゴーグルを装着してもらいます。
ゴーグルの内部で円を描く光を目で追い、その動きが正常かどうかで脳しんとうをチェックします。判定にかかる時間はおよそ60秒です。
PupilScreenは、ワシントン大学が開発したスマホ上で作動するアプリです。スマホのフラッシュを点灯し、動画モードで瞳を3秒間撮影します。瞳孔の光の反射量を測定して、脳しんとうかどうかを判断します。
慈恵医大がIT企業と共同で開発したアプリ「Join」は、現場でチームのマネジャーが使用します。スマホやタブレットにアプリをインストールしておき、その質問項目に脳しんとうの疑いのある選手の状態を入力、その情報を見て遠隔で医師が判定します。
BrainScope Oneは、米BrainScope社が開発したシステムで、センサー付きヘッドセットを装着し脳波を記録、10分程度で脳しんとうをチェックすることができます。
こうしたVRやアプリの活用で、専門知識を持っていなくても脳しんとうの確実な診断と早期対応が容易に行えます。
脳しんとうは軽度の外傷性脳損傷で、繰り返すと重症化したり後遺症に苦しんだりします。チェックには相応の知識が必要で、あらゆる場面で知識ある人が対応することには無理があります。
VRやアプリを使ったチェック法を使えば、知識のない人でも精度の高い判断ができ、必要な対応をすぐにとることができます。