2016年の日本人の平均寿命は女性87.14歳、男性80.98歳で、ともに過去最高を記録し、香港に次いで世界第2位となっています。
しかし、年代、性別、所得、居住地域などによって健康状態に差が出る、いわゆる健康格差がじわじわと広がり、このままでは、長寿国からの転落もあり得ると危惧されています。
わが国では、健康管理は自己責任という認識がこれまで主流を占めていました。しかし近年、年代や性別、家庭環境や収入、居住地域などによって健康状態や平均寿命に差があることが分かり、自己管理だけでは追いつかない実態が浮かび上がっています。
このところ非正規雇用の待遇改善が叫ばれていますが、雇用形態による賃金や待遇の違いが健康格差に直結しています。例えば、非正規雇用は賃金が低いため、仕事をいくつも掛け持ちし、長時間労働が常態化しています。
それでも生活はギリギリで、自炊する時間もなく、外食やコンビニ弁当、ファストフード、それも低価格で高カロリーな食事に頼りがちです。当然栄養バランスに偏りが生じ、糖尿病や高脂血症などの生活習慣病にかかりやすくなります。
しかも、こうした人たちは生活に余裕がないため治療費を惜しみ、通院や治療を後回しにしてしまうことが多いのです。その結果、重症化してから医療機関に運び込まれ、入院治療で仕事を失い、あっという間に生活保護に転落してしまいます。
つまり、非正規雇用であることが健康を損なう原因となり、負のサイクルを生み出しているのです。こうなると自己管理、自己責任の域を超え、雇用制度の問題と捉えることが必要です。
健康格差を生む原因はほかにも存在します。まず若年層の食生活の乱れが挙げられます。ジャンクフードやスナック菓子、清涼飲料水の過剰摂取によって、子どもや若者の肥満、糖尿病が増えています。
次に貧困が挙げられます。先に述べたように、低収入は低価格・高カロリーの食生活に直結し、体調不良があっても医療機関の受診を避ける傾向が強く、病状をより深刻化させます。
続いて教育の問題が挙げられます。健康に関するリテラシーが低いと、健康管理への意識が低く、生活習慣病にかかりやすくなります。
未婚者の増加も問題です。未婚男性は食生活が乱れがちで生活習慣病になりやすい上、孤独感からうつ病やアルコール依存になる確率も高くなります。加えて、高齢化も大きな要因です。「下流老人」という言葉が登場したように、高齢者の貧困化と独り暮らしによって、栄養が偏り骨粗鬆症になりやすい人が増えています。独居老人は人とのつながりも弱く、認知症のリスクも高まります。
このように高齢者が健康を損なうと介護が必要となり、介護施設、介護職員、介護の財源すべてが不足する事態を招きます。しかし、介護施設は都市部で不足し過疎地では空きがあるなど、住む場所によって受けられるサービスに差があり、健康格差に直結しています。
日本は、子どもの貧困率がOECD加盟国中11番目に高い上、OECDの平均を上回っています。貧困家庭の子どもは教育、就職などで不利になり、貧困が連鎖していきます。2025年には団塊の世代が全員75歳以上となり、1300万人を超える人が認知症になるとも予測されています。
こうして、貧困、高齢化の影響で健康を損なう人が増えると、生活保護受給や無年金、医療機関の受診が増え、社会コストが上昇します。そして、その負担は全国民に重くのしかかってきます。
こうなると健康格差は、もはや自己管理・自己責任だけでは太刀打ちできない状況を迎えます。対処するには公衆衛生、社会疫学の観点から、個ではなく社会全体に影響を及ぼす取り組みを考える必要があります。つまり、社会全体をよくするための仕組みを作り、一人一人が行動を変える環境を整えるということです。
まず、国による社会保障、税制、労働政策をしっかりと施しつつ市町村や地域コミュニティ、職場、学校などでの支援や啓発、教育を推進していきます。同時に、家庭教育や子育て支援、高齢者の健康促進・見守りなど、生活に根ざした領域でも具体的な対策をとります。つまり、国、地域、職場、家庭での対策を同時に進めることが求められるのです。
年代、性別、収入、居住地域などによって健康に差が出る、いわゆる健康格差が顕著になっています。貧困の連鎖や所得格差により健康を害する人が増えると、社会の担い手となるべき人が生活保護受給者となり、高齢者の健康が損なわれると医療や介護費用が増大します。
健康管理は自己責任・自己管理の枠を超え、社会制度や環境を整えるなど、国や地域、職場や家庭など、社会全体が取り組むべき課題となっているのです。