転職はキャリアアップのためにするもの、と考える人は多いと思います。しかし近年、仕事とプライベートの両立が意識され、自分の時間を確保するために転職する人も出てきました。
医師としてのキャリアを磨くことも大切ですが、燃え尽きてしまっては元も子もありません。プライベートを充実させると人生にゆとりが生まれ、仕事にもよい影響があります。
仕事をしていく上で、キャリアアップやスキルの向上を目指すのは理想の姿です。現在の勤務先で理想のキャリアが築けない、思うような待遇が得られないのであれば、転職を考えるのもやむをえません。
医師は責任が重い上に長時間労働のハードな職業です。高い職業意識があっても、心身を常によい状態に保つのは大抵のことではありません。厚生労働省の調査によると、オンコールを除いて週に60時間以上働いている勤務医は、男性で約4割、女性で約3割となっています。
長時間労働が日常化する中、仕事で疲れきって、自らが望むキャリアプランとはかけ離れた毎日を送っている人も多いはずです。
日本医師会は勤務医の健康支援に関する検討委員会を立ち上げ、勤務医の就労環境や健康状態の把握、改善に向けた提言を行っています。2015年の報告書では、勤務医の22%が自らを健康的でないと自覚し、46%が他の医師に健康相談を行い、6%が自殺や死を毎週あるいは毎日具体的に考えると回答していると記されています。
さらに、休日が少ないとうつ病になる確率が高くなり、当直回数が多いほど生きている価値への疑問が生じ、オンコール日数が多いほど労働能力に障害が生じている、という衝撃的な事実が報告されています。
一方で、年収とうつ症状の分布、年収と勤務継続意思には関連が見られないなど、収入が心の健康状態や勤務意欲と必ずしも結びついていない実態も明らかにされています。
最近は女性の医師が増え、2006年には45,222人で全体の17%でしたが、2016年には64,305人と全体の21%を占めるようになりました。女性医師の場合、結婚、出産を機に一旦離職する割合が高く、キャリアが中断しがちです。一方、国が主導する社会政策「男女共同参画社会」が浸透しはじめ、男性医師も子育てや家事への参加に意欲的な人が増えつつあります。
高齢化や介護施設の不足で、40代、50代の医師が親の介護に直面するケースも増えています。その一方で、医師不足と健康寿命の伸びもあり、60代、70代でも現役で診療を続ける医師もいます。このように、性別や年代、家庭の事情、社会の変化などで、医師の働き方やキャリア形成が多様化してきているのです。
このため、ライフイベントに合わせ、自分に最適の職場を求めて転職を考える機会が増えていますが、実際に転職をする際には自らのライフプランをしっかりと見つめることが大切です。
どのようなキャリアを形成したいのかという目標に加えて、結婚や子育て、介護、定年後の働き方なども考慮して、キャリアプランやライフプランを練り直す必要があるからです。
たとえば、女性医師の場合、妊娠や出産・子育てとキャリアのバランスをどのようにとってくのかは切実な問題です。男性の家事、育児への参加が増えてきたとはいえ、まだまだ女性の負担が大きいのが実情だからです。
親の介護を抱えた医師の場合、親が住む地元にUターンする、当直のない診療所を選ぶ、定時に帰宅でき土日に休める産業医に転身するなど、収入にこだわらない転職もあり得るでしょう。
定年退職後の就職先を探すのであれば、従来のような長時間勤務は体力的にも厳しくなりますから、趣味やレジャー、家族との時間、地域活動などとのバランスを考えた働き方を検討するのも一案です。
先に紹介した日本医師会の調査によりますと、病院も医師の待遇改善に前向きに対応し始めています。たとえば、採血・静脈注射のルート確保を医師以外のスタッフが行う、医療クラークを雇うなど、医師の負担を軽減する取り組みや医師が学会や研修に出席することを保証するといったキャリア支援を行うところが増えているのです。
短時間勤務の導入や、女性医師に対する柔軟な勤務制度や復帰研修に関しては、実施率は高くないものの今後広がりを見せていくと思われます。転職サイトに目を向ければ、託児所・保育所ありの医師の求人も増えてきました。当直なしの診療所や、週3日や4日勤務の老健施設長のポジションもあります。
ライフプランに合わせて自分のキャリアを選ぶ、そんな柔軟な転職も可能なのです。
医師である以上、時間外労働も休日出勤も仕方がないと、プライベートの時間をあきらめている人も多いかもしれません。しかし、医療の世界にも働き方改革の風が吹き始めています。仕事も家庭も充実させ、ワークライフバランスを実現する、そんな転職も夢ではありません。