政府が進める「働き方改革」は、医療の世界も例外ではありません。しかし、医療の質とどのように両立させるかに苦慮する施設も多く、改革を進めるのは容易ではありません。最近のアンケート調査などをもとに、医師の勤務実態と働き方改革の論点をまとめてみました。
厚生労働省が主宰する「医師の働き方改革に関する検討会」の資料から、常勤医師の勤務実態を見てみます。この資料の元になっている調査は、2016年に全国の勤務医10万人を対象に行われ、15,677件の有効回答が寄せられました。
まず、当直を含め週あたり60時間以上働いている常勤医師は39%で、勤務時間が長くなるほど診療外時間や待機時間が増えています。勤務時間は診療科によってばらつきがありますが、産婦人科と救急科、臨床研修医で多い傾向にあります。
例を挙げると、週当たり勤務時間60時間以上の勤務医の割合が多いのは、産婦人科53%、臨床研修医48%、 救急科48%、外科系47%となっており、少ないのは、精神科27.5%、放射線科28.5%、麻酔科32.9%などで、平均は40.6%でした。月当たりの当直回数は0回が46%、1回から4回が42%、5回から8回が10%、9回以上が2%で、当直回数が増えるほど、待機時間が増える傾向があります。
株式会社メディウェルが2017年に行った当直に関するアンケートを見てみます。この調査は会員登録している医師を対象とし、1,649人から有効回答を得ています。月間の当直回数は平均2.5回で、「当直なし」という回答を除くと平均3.5回となりました。内訳を見ると2回から3回と4回から5回が多くなっており、診療科では救急と産婦人科で多く、眼科と腎臓内科で少なくなっています。
まず、喫緊の課題として医師の過労死や過労自殺の問題が挙げられます。
例えば、新潟市民病院で37歳の女性の研修医が自殺した事例では、申告された1カ月の残業時間は48時間でしたが、実際は176時間も残業していました。研修は多くの症例に触れる機会であるものの、業務との境界があいまいで過少申告になりがちです。さらに、勤務時間などの労務管理が医師の申告任せになっている点も問題です。
続いて、医療の質と労働環境改善の両立が難しいという課題があります。例えば奈良県総合医療センターに対する訴訟では、産科医が当直に対して割増賃金の支払いを求めました。裁判では、「当直時間の4分の1は労働している」「待機時間も呼び出しに応じる義務がある」との理由で、2013年に「当直は労働時間」という最高裁判決が確定しています。これにより当直医の削減や、土曜診療の縮小を行う施設が増え、緊急時に対応できない可能性も出てきています。
最後に、限りある医療資源の有効活用が挙げられます。「医師不足」や「医師・診療科の偏在」が顕著になり、医療機関の集約や役割分担、人員の効率的配置が不可欠になっています。
過労死などを防ぐには、労務管理の強化が有効です。病院が医師の勤務時間をしっかりと管理することで、長時間労働を削減するとともに有給休暇の取得を促し、疲労を蓄積させないよう配慮することができます。さらに、当直を減らす取り組みも重要です。
先に紹介した株式会社メディウェルのアンケートでは、当直時の睡眠時間は平均4.9時間で、半数以上が当直明けにヒヤリ・ハット経験をしています。さらに、勤め先での当直回数の軽減に向けた取り組みや効果を「実感している」と回答した人は14.4%にとどまるなど、改善への取り組みはまだ効果が出ていないのが実情です。
この事態を改善するには、シフト制や複数の主治医制を導入したり、医師の業務を他の医療従事者にシフトしたりするなど、業務の見直しが有効です。さらに行政と連携し、救急病院の集約や地域の実情に即した医療体制に改編するなど、医療機関の役割分担が欠かせません。加えて、フリーアクセスの見直しやかかりつけ医制度の浸透やコンビニ受診の削減など、国民への啓発も大きな鍵を握っています。
当直の負担軽減はまだ実感されておらず、働き方改革は道半ばです。医師の心身の健康を維持するためには、労務管理を強化するとともに、官民が一体となって制度や医療体制を実情に合わせて変えていく必要があります。さらに、国民の協力を得るための啓発活動も、並行して進めていくことが重要です。
<参考記事・文献>
第2回医師の働き方改革に関する検討会 資料3医師の勤務実態について - 厚生労働省 平成29年9月21日
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000178016.pdf
医師の働き方改革に関する検討会における主な論点案 (第2回検討会における議論を踏まえた更新版) - 厚生労働省 平成29年10月23日
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000181825.pdf
病院、手探りの働き方改革 医療の質と両立に苦慮 - 日経電子版 2017年4月3日
https://style.nikkei.com/article/DGXKZO14755060R30C17A3TCC001
「どう進める 医師の働き方改革」(時論公論) - NHK 2017年7月19日
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/275893.html