年間の訪日外国人が3000万人に迫る中、愛知県は外国人を対象とした医療ツーリズムを推進するため、患者の案内役となる医療コーディネーターの育成に乗り出します。どのような背景や目的があるのでしょうか?
わが国が医療ツーリズムに力を入れ始めたのは、経済産業省が2009年に始めた調査事業、Medical Excellence JAPAN、略称MEJに遡ります。MEJは外国人患者の招致に向け、下地作りを始めました。
2013年6月に「日本再興戦略」が閣議決定され、医療の国際化に向けた取り組みがさらに進められることになりました。日本国内は少子高齢化で中長期的には人口減となりますが、訪日外国人は増加しており、医療ツーリズムを推進する意義は大きいと思われます。
MEJは外国人患者の受け入れに積極的な施設を、ジャパン インターナショナル ホスピタルズ、略称JIHとして海外に推奨しています。2017年12月末時点でこのJIHに登録されている医療機関は、20都道府県41病院となり、年々増加しています。
愛知県は10万人あたりの病院数、診療所数、病床数では全国平均の7割程度にとどまるものの、医師数、看護師数は全国平均を上回り、救急救命センター数は東京都に次いで多くなっています。しかし、JIHに登録されている県内の施設は、藤田保健衛生大学病院のみであり、県は地域のリソースを生かす工夫が不足していると判断しています。
経済産業省のガイドブック「外国人患者の受入参考書」によりますと、外国人患者の受け入れには、訪日前から帰国後に至るまで幅広いサポートが必要で、受け入れ施設は相当の準備を行う必要があります。
例えば、患者の紹介を受けるために海外の病院と提携し、訪日前には紹介状の確認やカルテ・画像の入手、受診スケジュールの調整、ビザ手続き、同伴家族の宿泊施設の手配などが必要です。来日後には、医療通訳を手配し、検査・治療ごとに説明を行い患者から同意を得るなど、きめ細かなコミュニケーションが求められます。さらに、帰国後は現地の病院と協力しフォローアップを行うことも必要です。
このような一連の作業をスムーズに行うには、スキルの高い医療コーディネーターの存在が欠かせません。こうした事情を受け愛知県は、2016年5月に「あいち医療ツーリズム研究会」を立ち上げました。海外では対応が難しい症例の治療を愛知県で行ってもらうため、海外ニーズの的確な把握に努め、関係機関との連携強化などを行います。
具体的には、海外への情報発信の強化、県内施設の院内表示の多言語化、医療通訳やコーディネーターの養成、さらにはビザの早期発給に向けて国への働きかけを強化します。加えて、万一のケースを想定し訴訟リスクの軽減、宗教や文化の違いによるトラブル防止、未収金トラブルの回避など、医療機関の懸念を払拭するための対策にも力を入れます。
世界は人口増で医療に対する需要は高まっており、アジアのヘルスケア市場は2010年で40兆円でしたが、2020年には122兆円になると予測されています。現在日本に治療に訪れるのは中国人が多いとされます。例えば中国ではPET検査といった高度な医療を実施している施設が少ないため、待ち時間が長いという事情があります。
愛知県は、中部空港から帰国する中国人320人に日本で医療を受けることについて調査を実施しました。その結果、日本は医療技術が高く、スタッフの対応も良いというイメージを持っている人が多いことが分かりました。
しかし、日本の医療ツーリズムは、アジア各国に比べ遅れています。例えば、シンガポールは「アジアの医療ハブ」、タイは「高度医療とウエルネス」、マレーシアは「高度で安価な医療」などをキャッチフレーズに、外国人患者の獲得に力を入れています。
日本医療に対する好意的なイメージを追い風に、先行するアジア各国との差別化を果たし、日本医療をブランド化することが急務となっています。 こうした背景から愛知県では、地域医療に影響を及ぼさないよう配慮しつつ、医療ツーリズムを推進するため、質の高いコーディネーターの養成に力を入れていく方針を打ち出しているのです。
少子高齢化で国内の医療需要が将来的に減少する可能性がある一方、外国人の医療需要は増加傾向にあります。愛知県では地域医療に影響を与えないよう配慮しながら、アジアの国々との競争を勝ち抜くため、優秀な医療コーディネーターの養成を含めた外国人患者の受入れ支援、海外への情報発信の強化、ビザの早期発給推進など官民をあげての取り組みを進めています。