2018年2月1日、東京大学は連携研究機構「バーチャルリアリティ教育センター」の設置と、その活動内容を発表しました。センター設置の背景とねらい、具体的な研究内容とはどのようなものなのでしょうか。
VRという言葉が現れたのは1989年頃といわれ、実は約30年の研究実績があります。その間、ハードディスクやメモリ、半導体やチップなどの性能は大幅に向上し、そのうえインターネットの普及もあり、ハード面でVRを実装する環境が整いました。現在はVR2.0、つまりソフトを開発・利用する局面に達しています。
センター設置の背景にはこのようなVR技術の急速な進歩があり、大学として迅速に対応する必要があること、さらに学際横断でより機動力を上げたいという事情があります。特に教育分野はVRの活用可能性が高く、民間企業との連携を強化し、横断的に取り組むことで、社会実装をしやすくするねらいがあります。
VRを学べる大学は近年増加傾向にあり、大阪大学や電気通信大学、慶応義塾大学や首都大学などが工学系や情報科学、デザイン関係の学部に講座を設けています。今回設置された東大のVR教育センターは、将来的には他大学や研究機関との連携も視野に入れながら、VR研究と普及の世界的な拠点を目指す考えです。
また、東大にはVRサークルが存在し、VR技術に気軽に触れることを目的に、東大以外の大学からの参加者を含めてサークル内のチームで競い合う「ゲームジャム」などを開催しています。こうした活動がVRの裾野を広げ、センター設置を後押ししている面もあります。
VR技術はコンピュータサイエンスでありながら、生理学や心理学など人間の心身の機能とも密接に関連しています。言い換えれば、人間の外に存在するものというより、外部環境にインターフェースや人間の五感を絡めて、人間の内面をつないでいく技術という側面を持っているのです。
そのため、東大のVR教育センターには基礎研究と応用研究の2部門が設けられ、人間の心理や五感に関わるインターフェースやディスプレイなどの基礎研究と、それらを具体的に教育や訓練に結びつけ外部環境を整備する応用研究とを融合する体制となっているのです。
すなわち、基礎研究部門は触覚や視覚の統合といった、ハプティクス・多感覚統合。身体所有感や身体操作感といったヒューマン・インターフェース。空中像ディスプレイや屋外型ARシステムといたAR/VR。さらに、超高速画像処理やウェアラブルネットワークといったVR基盤などを研究します。
それに対して応用研究部門は、VRによる手術支援、シミュレーションなど医療への応用。VRによる体験型教育の実現、概念の可視化などの教育支援。工場などで製品を設計・製造をする生産支援や、VRコミュニケーションやデジタルミュージアムなど、表現やコミュニケーションへの活用を研究するといった具合です。
VRを活用してできることを具体的に見てみましょう。
たとえば、曲がっているにもかかわらず、それを感じさせずに、室内を永遠にまっすぐに歩く、あるいは、無限に続くらせん階段を歩くことができます。こうした技術を応用すれば、初めて訪れる施設での作業を事前にシミュレーションすることが可能です。
さらに、人の行動に影響を与え、変えることもできます。たとえば、食事の量を制限する必要がある人に対して料理を大きく見せれば、実際に食べる量は変わらなくても満腹感を覚え、食事量を抑えることができます。
VRは感情への関与も可能です。たとえば、「扇情的な鏡」という仕組みは、覗き込んだ人の顔を笑顔に変えて映し出し、覗いた人を楽しい気分にさせます。これを電話会議に応用し、画面に映し出されるお互いの映像を笑顔にすることで、議論が活発になるといった効果が見込まれます。
VR教育センターの廣瀬通孝教授によれば、VRの活用は、実際は目の前にないものを電子的に作り出すもので、現段階ではリアルな世界に勝ることはできないといいます。つまりVRの真髄とは、現実世界では体験できないことや知識と想像だけでは理解できないことを体験として味わうことによって、相互理解を深め人と人が認め合い、優しくなれる環境を作っていくことといえるのです。
東京大学は官民で連携したVR研究の拠点を学内に設置しました。進歩の早い技術への対応力を高め、社会に素早く実装することが目的です。医療や学習支援、コミュニケーションや表現活動に応用し様々な体験を重ねることで相互理解を促進し、人と人が信頼関係を築き豊かな社会を構築することを目指しています。