医師の働き方改革が叫ばれて久しいものの、勤務医の労働環境の改善は未だ道半ばです。特に救急と産科の医師は、長時間勤務と宿直日数の多さで過労死ゾーンの労働を行っている人がたくさんいます。
全国医師ユニオンが2018年2月に発表した「勤務医労働実態調査2017」の最終報告書によりますと、勤務医の1カ月の平均残業時間はほとんどの診療科で40時間を超えていることが分かりました。その中でも、救急と産科・婦人科の医師は、過労死ラインとされる80時間をオーバーしています。
日当直を労働時間に含めていない施設も多く、実際はさらに多くの時間外労働を行っていると考えられます。こうした傾向は他の調査でも裏付けられています。
たとえば、厚生労働省が行った「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」を見ると、当直とオンコールを合わせた1週あたりの勤務時間は救急が74.3時間で1位、産婦人科が73.4時間の2位と他の診療科のよりも多くなっています。
さらに、日本産婦人科医会が2016年12月にとりまとめたアンケート調査では、産婦人科医の1週間の勤務時間は2012年の調査から変化がないうえ、1カ月の当直回数は5.7回と他の診療科に比べ突出して多いと報告されています。
その他、2012年に労働政策研究・研修機構が行った調査では、当直を週5回以上こなす勤務医の割合を診療科別に見ると救急科が63.9パーセント、産科・婦人科が27.8パーセントと他の診療科より頻度が高いことが分かっています。
最近も、東京都内の総合病院に勤務していた、産婦人科の男性研修医が月に173時間の時間外労働の末2015年自殺した件。新潟市民病院の外科系診療科に勤務していた女性の研修医が、月平均187時間の時間外労働のストレスによって自殺した件が労災認定されるなど、悲劇が繰り返されています。
2018年に入っても、日赤医療センターが医師の1カ月の残業を200時間まで認める36協定を結んでいたことが発覚。杏林大学病院では、700名の医師のうち約2パーセントに当たる医師に36協定の上限を超え、過労死ラインを上回る月80時間超の時間外労働をさせていたことが報道されました。両施設とも労働基準局から是正勧告を受けています。
こうしたことが繰り返される背景には、医療施設側の問題だけでなく慢性的な医師不足、診療科や地域による医師の偏在、さらに大学病院や大病院への患者の集中、あるいは同じ疾患で複数の医療施設を受診したり救急車を安易に呼んだりする、いわゆるコンビニ受診など複数の問題があります。
こうした状況を打開するため、厚生労働省は2018年2月27日「医師の労働時間短縮に向けた緊急的な取組」を公表しました。その中で、医師の労働時間管理の適正化に向けて、ICカードやタイムカードの導入、36協定等の自己点検を進めるなどの提言を行っています。
国は2008年度から医学部の定員を増やし、医師の養成を強化してきました。医学部定員は、2008年度以降2017年度までに1795人増え現在は9420人となっています。
しかし、定員増はかならずしも医師から支持されているわけではありません。ある医療関連サービス会社が2017年に行ったアンケート調査では、開業医の約6割、勤務医の約5割が、医学部定員増を「適切でなかった」としています。理由は、医師の資質低下、将来的な人口減、増えた医師が都市部に集中するなどが挙げられています。
さらに医師の労働時間を急に減らせば、医療崩壊につながりかねないという懸念もあります。このように、医師の働き方改革は必要とされていながら、複雑な事情によってスムーズに進まないことが見て取れます。
勤務医が自らの安全を守るには、過労死問題に詳しい弁護士が指摘しているように、まずは現行の過労死防止法を徹底するよう働く医師が声をあげることが必要です。厚生労働省が運営するウェブサイト「いきいき働く医療機関サポートWeb」などを参考に、取り組みを進めるのもよいでしょう。
医師不足、診療科や医師の偏在などにより、医師の業務環境は厳しい状態が続いています。特に救急と産科の医師は他の診療科に比べ、さらに厳しい環境です。厚生労働省の働き方改善への取り組みもありますが、効果はこれからです。まずは、現行の過労死防止法を順守するよう勤務先に働きかけをすることが大切です。